「雨の……幻……」

 ファルさんの声で、現実に引き戻された。まるで、他人の不幸に心から同情するよう
な、そんな声だった。

「なにが、あったんでしょうか?」
「すみません……それは、俺も知らないんです」

 あれから二年が過ぎ、それでも、俺は本当に知らなかった。例えある程度の推測がつ
いていたとしても、絶対に埋まらないピースがある。
 ――アリエッタ。
 手紙の中にしか登場しない、クリスの恋人の話。クリスは、アリエッタについてほと
んど語ろうとしなかった。

「でも……」

 沈むような口調から一転して、ファルさんは優しげな声で続ける。

「アーシノさんとクリスさんは、本当の意味で良い友人だと思いますよ」
「……それは、違いますね」
「だって、クリスさんの話をしている時、アーシノさん、優しい顔をしていました」
「そうですか? 不機嫌そうな顔をしていたと思いましたが……」
「ええ。でも、他人事でそんな風に怒ったりできるのは、やっぱり、優しいんだと思い
ますよ」

 否定の言葉が、胸の奥からこみ上げる。優しい言葉が、俺だけに向けられたものでは
ないことを知っていたからだった。

「違いますよ……俺は、あいつを利用してるだけなんです」
「利用?」
「あいつの音には価値がある。だから、友人のふりをしているだけなんです」

 しばらくして、付け加える。

「軽蔑しますか?」
「いえ」

 ファルさんは、やはり微笑んだだけだった。

「……わかっています」
「俺の、なにが分かるって言うんですか?」
「わかりますよ、アーシノさんのこと」

 それ以上彼女は、何も言わなかった。
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